支援目標のせいで すべてが台無しにならないために
放課後等デイサービスには、毎日、たくさんの子どもたちが通ってきます。どの子も、何らかの障害や疾患を持った子です。そこで、遊んだり、活動したり、イベントがあったり、楽しく過ごしています。
施設で働くスタッフは、遊びや活動を通して子どもたちへ支援を行っています。支援を実行するために、子どもごとに「目標」を立てるのです。その支援の「目標」をどう立てるかで、結果が大きく変わることをご存じでしょうか?
どのスタッフも「子どものために」よりよい支援を考えています。しかし、目標をたてるとき失敗しやすいケースがあるのです。目標の時点でおかしくなると、それ以降の支援はフラフラしたものになってしまうのです。
そのなかでも、多いのが「○○できるようにする」という「できないものを できるようにすればいいじゃない?」というものです。
今回は、支援目標を適当に決めると支援が上手くいかなくなるよ、という話しです。
2種類の「できる」目標
「できる」と言っても様々な内容があります。2つの種類に分けることができます。それぞれみてみましょう。
一日中、指をしゃぶっていて、周囲には一切、興味を示さない。そういう子に「自分以外の(外の)ものに注意が向けられるようにする」
室内でも屋外でも飛び跳ねてばかりの子。何か他のこともやってほしい。じゃあ、とりあえず「ハサミを使える」を目標にしようか。
前者は、注意が外に向けば、そこから様々な刺激や変化に興味を持ってくれて、人にも関心が出てくるかもしれない。そういった「次」かあります。
後者は、ハサミを使えるようになったとして「次」は何が待っているのでしょうか?工作のような趣味ができる?そもそも危険認識はあるの?これでは「次」という発達の拡がりがみられません。
適当に目標を決めるということ
子どもの支援目標を決めるときに、「何でもいいからできることを増やそう」という発想がよく見られます。
・ハサミを使えるようにしよう
・服をひとりで着られるようにしよう
・お友だちと順番を守って遊べるようにしよう
いずれも大切なことに思えますが、これらは「結果」の目標であって、「発達の過程」に寄り添った目標とはいえません。
特に、肢体不自由や知的障害をもつお子さんの場合、表面上のスキル(できる・できない)を増やすだけでは、その子の「発達の根っこ」が育ちません。
発達の根っこって?
子どもは、様々な力を身につけながら成長していきます。一般的に発達は「階段」や「螺旋階段」イメージされると思います。
しかし、それは障害のない子(いわゆる健常児)の場合です。障害がある子の場合、発達段階のどこかしらに つまづきや極端な苦手さがあります。そのため、次の発達段階に進んだとしても、前段階ーー土台ーーがしっかりとしていないため、次の力も充分に身につかないことが多いのです。この「土台」のことを、「発達の根っこ」と呼ぶこともあります。
「できるように訓練する」という文化の根強さ
リハビリや療育の現場には、いまだに「健常の子と同じようにできるように訓練する」
という考え方が残っています。
・手を上げてボールをキャッチする練習をする
・スプーンの持ち方を矯正する
・正しい発音を繰り返し練習する
こうした訓練そのものを否定するわけではありません。
ただ、「できるようになること」ばかりをゴールにしてしまうと、「なぜ今それが難しいのか」という本質が見えなくなってしまいます。
そもそも、なぜ「できない」?
・子どもがその動作を理解できていないのか、
・イメージを持てていないのか、
・感覚的な気づきがまだ育っていないのか。
そこを見極めずに「とにかく練習」では、うまくいかないのは当然です。
「認知発達」という視点
わたしが言語聴覚士として放課後等デイサービスで働くなかで、大切にしているのは「認知発達を支える支援」です。
認知発達とは、「見る・聞く・触る・感じる」などの感覚的な経験をもとに、世界を理解していく力のことです。
・コップを倒すと水がこぼれる
・ボールを転がすと坂の下に行く
・音がした方向を見ると何かがある
こうした“あそび”の中で、子どもたちは「原因と結果」「空間の広がり」「他者との関係」などを少しずつ理解していきます。
認知発達は、ことばの理解や社会的な行動の土台になります。だから、言語聴覚士は単に「話せるようにする」専門職ではなく「ことばの前提となる世界の理解を育てる」専門職でもあるのです。
「認知発達」を育てる支援目標とは?
では、どんな目標を立てればよいのでしょうか。
たとえば、「ハサミを使えるようにする」よりも、その前に「切る」という動作の意味や感覚を経験できる活動を設定します。
・紙をビリビリ破く
・粘土をちぎる
・はさみを手に持って開閉する感触を楽しむ
こうした経験を積むことで、「切ると形が変わる」「自分の手で物を操作できる」という気づきが生まれます。
その“理解”があってこそ、「ハサミを使う」という行動に結びついていくのです。
その他の例
他にもあります。
→いきなり箸で練習をさせるのはナンセンスです。
・手元に目を向ける
・目で見て手の動きを調整する
など、様々な「前段階」「前提条件」があるのです。箸を使う前に、遊びの場面でトングを使ってみる。という練習?も考えられます。
→そもそも他者をどのように理解しているのか?認識していない場合もあります。いきなり、友だちと遊ぶ練習をしてもうまくいかないでしょう。だったら、まずは大人と「楽しく遊べた」経験を重ねてみる。
いろいろ考えられらるのです。
「遊び」は発達のトレーニングではない
新人スタッフの方に伝えたいのは「遊び=訓練」ではない、ということです。遊びは、子どもが自ら世界を試す場です。
大人が「できるようにさせよう」と意図しすぎると、その子の主体的な発見や、発達の芽を摘んでしまいます。
支援者がやるべきことは、「遊びの中に、発達のチャンスを見つけること」。
子どもが自分の体を動かし、感覚を通して「わかった!」と感じる瞬間を いかに多くつくれるかが、支援の腕の見せどころです。
「どうでもよい目標」にならないために
現場では、「できることを増やそう」という善意が、結果的に「どうでもよい目標」を生みがちです。それを防ぐためには、次の3つの視点をもつことが大切です。
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この3つを意識するだけで、目標の立て方は大きく変わります。
言語聴覚士が現場でできること
言語聴覚士は、単に「発音を教える」だけではありません。放課後等デイサービスでは、次のような役割を担うことができます。
・子どもの発達段階の見立てを行い、支援目標の方向性を助言する
・「見る・聞く・触る・まねる」などの感覚・認知的な活動を提案する
・支援員・看護師と連携し訓練ではなく発達支援の視点を広げる
・保護者に、家庭での関わり方や「待つ」「見守る」支援を伝える
つまり、言語聴覚士は現場の“調整役”でもあり、子どもの可能性を引き出す“翻訳者”でもあるのです。
まとめとして
支援のゴールは「できるようになる」ことではありません。
放課後等デイサービスに通う子どもたちは、一人ひとり違う発達のペースをもっています。「できるようにさせる」ことにとらわれず、「どうやってその子が世界を理解していくか」に気づいてあげる。そして、支える。
その視点をチーム全体で共有できたとき、支援はぐっと温かく、意味のあるものになります。言語聴覚士として わたしが伝えたいのは、「発達の土台を育てる支援」が、どんな訓練よりも 子どもを伸ばすということです。
よかったら参考にしてみてくださいね。



